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宇都宮地方裁判所 昭和37年(ワ)224号 判決 1965年4月15日

原告 岡田耕一

被告 富士重工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三七年六月九日付でなした解雇の意思表示は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(当事者双方の主張)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、

第一、原告は、昭和三三年一一月一〇日被告会社宇都宮製作所に臨時従業員(臨時工)として雇われ、同製作所航空機部第三課C係に勤務し、昭和三四年九月経営不振の理由で一旦解雇されたが、昭和三五年九月一日付で同製作所に臨時工として再び採用され、以来同製作所車両工場生産部第一工作課第二艤装係に勤務していたものであるが、同製作所が原告ら臨時工を対象として昭和三七年五月二三日に実施した臨時工本採用試験に受験したところ、同年六月九日被告会社は原告に対し、原告の試験成績が基準点に満たないとの理由で、労働基準法所定の解雇予告手当を提供して解雇の意思表示をした。

第二、しかしながら右解雇は、次の理由により無効である。

一、右解雇は労働基準法第三条及び憲法第一四条に違反する。

すなわち、被告主張の解雇理由は口実にすぎないもので、その真実の理由は、被告会社が次に述べるように原告の経歴詐称を発見した結果、原告が中国からの帰還者で、マルクス・レーニン主義の信奉者ないしその支持者であると考えるに至つたため、原告を被告会社から放逐せんとして解雇したものである。

(1) 原告は昭和二〇年満蒙開拓青少年義勇軍として渡満し、終戦後昭和二八年帰還するまでの間中国に抑留されていたものであるが、かような事実を明らかにすると就職するのに差支えるおそれがあつたので、原告は右中国抑留の事実を秘匿し、その間東京で電気工をしていた旨経歴を詐称して被告会社に採用された。

(2) 昭和三六年八月頃被告会社は原告の右経歴詐称の事実を発見し、その頃原告は宇都宮製作所警備係長阿久津三郎に呼出され、右の点を追及されたので、その際原告は同係長に対し、前記のような事情で中国に抑留されていたこと、及び抑留中日本人管理委員会のメンバーとして活躍しマルクス・レーニン主義の学習に努めたこと等を卒直に告白したところ、同係長は原告の卒直さに打たれ、今回は問題にしないから安心して働くようにと言つて不利益処分をしないことを確約した。

(3) そこで原告は、右の事柄を気にとめることなく従来通り勤務していたところ、昭和三七年二月二八日頃同製作所人事課長入江英一に呼出され、同人から、中国帰還者は本工採用試験を受けても選考委員会ではねられて本工には採用されないのだから退職したらどうかとすすめられ、原告は前記阿久津係長の確約と異るので回答を留保した。その後同課長は同年三月に入つて前同様の理由で本工採用試験は受けないでくれとか、他の会社へ就職を世話するから転職するようにと重ねて原告を説得し、原告がこれを断わると、原告の雇用期間が同月末日限りになつていることを強調して解雇の意あることをほのめかした。

(4) こうした事情があつたため、原告は前記同年五月実施の本工採用試験に備えて準備に努め、右試験には疑いなく好成績を収めたものであり、かつ職場における勤務成績(職場考課)も良好であつたから、同試験に不合格ということは考えられない。

(5) 以上の経緯に徴し、被告が主張する解雇理由は口実にすぎず、真の理由は、原告が中国からの帰還者で、特に中国抑留当時日本人管理委員会のメンバーとして活躍し、マルクス・レーニン主義を信条とする原告に対する差別にあつたことは明白である。

二、本件解雇は、前記解雇に至る経緯に照らし明らかなように原告の経歴詐称を理由になされたものである。しかしながら、原告がなした経歴詐称は、懲戒解雇ないし解雇に値いする程重要なものではない。

(1) 被告会社就業規則第七一条第二号は、重要な経歴を偽りその他不正な方法を用いて入社したときは、出勤停止又は懲戒解雇に処するものとしている。

(2) しかしながら、経歴詐称は労働契約締結以前の問題でしかなく、使用者の懲戒権の対象外であるから、経歴詐称を理由に懲戒することは法的に許容されない。

(3) 仮に懲戒できるとしても、重要な経歴を偽つたことにより経営者に実害を与えた場合に限つて許されるのであつて、右就業規則も「重要な経歴詐称」に限定しているのである。然るに本件における経歴詐称は、単に中国抑留の事実でしかなく、原告は電工としてすでに充分な経験を有し、被告の判断を誤らせることは全くなく、従つて被告に何等実害を与えていないのであるから、右詐称を理由に原告を懲戒することは許されない。

(4) 仮に実害がなくても懲戒が可能だとしても、原告は少年時に満蒙開拓義勇軍として満州に在つたとき終戦を迎え、そのまま中国軍に捕えられ、以来同地に抑留されていたもので、中国抑留は原告にとつては不可抗力にひとしく、しかも帰還した日本の国情は中国からの帰還者であることを明かにすると雇う者は皆無という実状にあつたので、原告は生活防衛のためやむなく中国抑留の事実を秘匿したのであるから、原告の所為には責めらるべき点はなく、それにも拘らず経歴詐称を理由に解雇することは解雇権の濫用として許されない。

三、本件解雇は労働協約に違反する。

(1) 被告会社では、短期の雇用期間を定めて臨時従業員(臨時工)を採用しているが、期間の更新は常態化し、大部分の臨時工が二年三年と継続雇用されており、しかも臨時工は正規従業員である本工と同一職場で同一の指揮系統の下に立ち、かつ同一の作業内容を担当して就業している。

(2) ところで、被告会社は宇都宮製作所に常時雇用されている全従業員(但し臨時工を除く)で組織する宇都宮製作所労働組合との間に労働協約を締結しているのであるが、原告が解雇された当時組合員である本工その他の従業員の数は二〇〇〇名をこえていたのに対し、臨時工は一〇〇名程度であり、しかも前述のように臨時工は実質的には本工と同じで同一工場事業場に常時使用されている同種の労働者といえうるから、右協約は労働組合法第一七条により、臨時工である原告に対しても適用さるべきである。

(3) そして右協約第四九条は、解雇事由を、(イ)精神又は身体の障害により業務にたえないと認めたとき、(ロ)業務上の傷病により別に定める打切補償を支給したとき、(ハ)その他業務上やむをえない事由あるときに限定しているから、右解雇事由のない原告に対してなされた前記解雇の意思表示は協約に違反し無効である。

(4) なお、臨事工の解雇については、予めその基準を組合と協議すべき旨を協約が定めている(協約第三六条第三項)のに拘らず、本件解雇は右協議を経ずしてなされたものであるから、この点においても協約に違反し無効である。

四、本件解雇は就業規則に違反する。

(1) 原告は被告の従業員として当然に就業規則の適用を受ける。仮りに期間を定めて雇用された原告に対し就業規則の規定上その一部の適用が排除されていても、前述の如く、原告はいわゆる本工化した臨時工で実質的には期間の定めなく雇用された従業員と同一視さるべきであるから、就業規則の適用がある。

(2) そして就業規則第一四条は、解雇理由を、(イ)身体及び精神の障害により業務にたえないと認めたとき、(ロ)業務上の傷病により別に定める打切補償を支給したとき、(ハ)その他業務上やむを得ない事由あるときと制限しているから、右解雇事由のない原告に対してなされた本件解雇は、就業規則に違反し無効である。

五、以上の主張が理由ないとしても、前記のとおり原告は期間の定めのない従業員と実質的に同一視さるべきものであるに拘わらず、単に前記臨時工本採用試験に合格しなかつたというだけの理由で解雇することは、原告の有する契約更新の期待権を侵害するものであり、更新拒絶権の濫用として無効である。

六、更に本件解雇は、原告が臨時工という社会的身分をもつているためになされたものであるから、労働基準法第三条に違反して無効である。

と述べた。

被告訴訟代理人は、答弁及び主張として、

第一、

一、請求原因第一記載の事実を認める。

二、同第二記載の事実につき、

一の事実を否認する。同(1)のうち経歴詐称の事実を認め、その余の事実は不知、同(2)及び(3)のうち、被告会社が経歴詐称を発見し、阿久津警備係長をして原告を呼出しその履歴につき質問させたこと、及び入江人事課長が原告を呼出して話合つたことを認め、その余の事実を否認する。同(4)及び(5)の事実を否認する。

二のうち、(1)の事実を認め、その余の事実は否認する。

三の(1)のうち、被告会社が短期の雇用期間を定めて臨時従業員(臨時工)を採用していることを認め、その余の事実を否認する。同(2)のうち、原告解雇当時被告会社と宇都宮製作所労働組合との間に労働協約が締結されていた事実を認め、原告が同協約の適用を受ける組合員と同種の労働者であるとの事実を否認する。同(3)のうち、労働協約第四九条各号が原告主張のとおり解雇事由を規定している事実を認め、その余の事実を否認する。同(4)のうち、原告主張の協約条項がその主張のとおりの手続を定めていることを認め、その余の事実を否認する。

四のうち、就業規則第一四条が原告主張のとおり解雇事由を規定していることを認め、その余の事実を否認する。

五及び六の事実を否認する。

三、なお被告会社における臨時工の実態及び原告解雇の経緯は次のとおりである。

宇都宮製作所は、防衛庁発注の航空機及び日本国有鉄道発注の鉄道車両の生産を主体としているのであるが、その仕事量が国家予算に左右され恒常性を欠くため、いわゆる臨時工を使用しなければ企業を維持し難い実状にあるが、臨時工の雇用期間の終期は明確にされており、最大限一年半を超えるものは認めない建前である。

臨時工の人事については、仕事量の増大の程度や本工と臨時工の人員構成上の均衡等を考慮して、労働協約及び協約に関する覚書の規定に従い、労使協議会で協議決定された基準要綱に則り例年臨時工の本採用試験を実施し、選考の結果これを本工に採用し、或は不適格者として解雇してきている。

原告を解雇したのは、昭和三七年五月二三日実施の臨時工本採用試験の選考結果に基くものであるが、右試験における原告の総合得点は、一〇〇点満点に対し四四・九点、順位にして受験者総数一一八名中一一六番であつた。かように原告の成績が甚だ劣悪であつたため、被告会社は、原告を向上の見込みなしと判断して解雇したものである。

第二、

一、本件解雇は、既に述べたように、昭和三七年五月二三日実施された臨時工本採用試験の選考結果に基くものであつて、原告の信条や原告が中国帰還者であることによるものではないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

二、原告が経歴を詐称していたことは、原告が自認するとおりである。ところで企業が一つの秩序を前提とする組織体である以上、企業体内に雇入れられた労働者に対し組織的規制を要することは勿論、更に進んで労働者がこの組織体に入る際既にこれが公正な仕方でなさるべきことが要請せられ、労働者が何等かの詐術を用いて企業に入り込むこと自体を先ず以て排除しなければ経営秩序の完全な維持は望みえない。労働者の経歴詐称によつて何等かの具体的損害の発生を見たか否かは必ずしも重要ではない。従つてこの場合使用者は具体的損害の発生をまつまでもなく、かかる損害発生の危険いわば抽象的危険の発生に対して制裁を科し得るは勿論、更に進んで経歴詐称等の詐術を用いて雇入れられたこと自体を制裁の対象とするに何等の妨げもないものといわねばならない。而して原告が詐称した経歴は、昭和二〇年五月から昭和二八年五月に亘る八ケ年間の長期間であり、しかも故意に秘匿した悪質のものであつて、懲戒解雇に値するに十分であるといわねばならない。なお原告は当時中国帰還者は日本では雇う者が皆無であつたというが、それは原告の憶測にすぎないもので、当時被告会社には中国帰還者が三二名(うち二名は臨時従業員)在職していた。

以上のように、原告の経歴詐称は重要なものであり、懲戒解雇に値すべきものであつたのであるが、被告会社では原告の将来を考慮し、懲戒解雇にすることを留保したままこれを不問に付したのである。

三、労働協約の拡張適用について

協約は、原告ら臨時工を非組合員としてこれに対する協約の適用を排除する(協約第五条第三条)と共に、その人事基準は労使協議会にはかつて協議決定すべき旨を定め(協約第三六条第三項第一六条第二項第三号、協約に関する覚書第二項後段)ており、そして臨時工の採用基準並びに労働条件(解雇を含む)等については、右労使協議会の協議によつて決定された実質上労働協約の性質をもつ「臨時従業員、嘱託及び日雇の採用基準並びに労働条件等に関する協定」(以下「臨時従業員等の労働条件等に関する協定」という。)によることとしている。

而して既に述べたように、被告会社の臨時工は被告会社の業態から来る特殊性を有しているもので、原告が主張するように臨時工が本工化している事実はなく、しかも労働協約当事者は、臨時工を非組合員として、これに対しては組合員を対象とした協約条項の適用を排除し、別途協定するところによるべき旨の建前をとつているのであるから、労働組合法第一七条の適用の余地はない。

四、就業規則の適用について

臨時工の労働条件(解雇を含む)については、前記「臨時従業員等の労働条件等に関する協定」によるのであるが、同協定によると、解雇は労働基準法の定めるところによる(同協定I2(7)項)としているから、原告ら臨時工に対し就業規則所定の解雇条項の適用が排除されていることは明白であり、従つてその適用の余地はない。

五、次に原告は、契約更新の期待権があるのに、本採用試験に合格しなかつたというだけの理由で解雇するのは更新拒絶権の濫用であると主張するが、既に述べたように、被告会社の臨時工は雇用期間の終期又は更新拒絶の時期が明確にされており、契約を更新することが常態化しているものではないから、原告に更新の期待権があるべき筈がなく、原告がかかる期待を持つたにしても法の保護に値するものとは言えない。

六、更に原告は、本件解雇は原告が臨時工という社会的身分であるためになされたものであるから労働基準法第三条に違反すると主張するが、同条の社会的身分とは、生来の身分例えば部落出身者の如きものを指称し、工員・職員とか、常用工、臨時工とかは、直接労働そのものについて締結した雇用契約の内容による差別であつて、社会的身分でないことは学説判例の一致した見解である。そうして本件解雇は、単に原告が臨時工であるとの理由だけでなされたものではないから、原告の右主張は理由がない。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告は、昭和三三年一一月一〇日被告会社宇都宮製作所に臨時工として採用され、昭和三四年九月解雇となつたのち、昭和三五年九月一日付で臨時工として再採用され、同製作所車両工場生産部第一工作課第二艤装係に勤務していたが、昭和三七年五月二三日同製作所で実施された臨時工本採用試験に受験したところ、同年六月九日被告会社は原告に対し、原告の試験成績が合格基準に満たないことを理由として解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

そこで以下に、本件解雇が原告主張のとおり無効であるかどうかについて判断する。

第一、労働基準法第三条憲法第一四条違反の主張について

(一)  原告は、本件解雇が原告の抱く信条に対する差別待遇であると主張するのであるが、これに添う趣旨の原告本人尋問の結果は措信し難く、他に本件の全立証によつてもこれを認めることはできない。

すなわち、成立に争いのない乙第一一ないし第一四号証、証人阿久津三郎の証言により成立が証められる乙第一七号証と、証人加藤勝馬、同金田春夫、同入江英一、同阿久津三郎の各証言、及び原告本人尋問の結果を総合すると、

(1)  昭和三六年八月頃、宇都宮製作所人事課では、前記二度にわたり原告を採用した当時原告から提出された履歴書及び志望者調書合計四通を対比したところ、昭和二〇年九月以降昭和三三年一〇月被告会社に初採用されるまでの間の原告の職歴につき、その勤務先及び在職期間の各記載に甚だしい食い違いがあることを発見し、原告の履歴につき疑問を持つに至り、昭和三六年九月二五日頃同製作所人事課長入江英一は警備係長阿久津三郎にこの点の調査を命じ、同日頃阿久津係長は原告を呼出しその職歴の相違点につき事情を聴取した。その際原告は同係長に対し、昭和二〇年五月頃満蒙開拓青少年義勇軍に応募して渡満し、終戦により中共地区に抑留され、その後中国語に習熟したので、日本人管理委員会に招かれて通訳などをし、昭和二八年五月頃帰還したこと、その後昭和三三年一〇月被告会社の臨時工採用試験に応募したのであるが、その際中国帰りは不利だと考え偽りの履歴を記載して被告会社に提出したこと等を打明け、卒直に経歴詐称の事実を認めたので、同係長は右原告の陳述の要旨を記載した「臨時工岡田耕一の履歴について」と題する報告書を作成し、入江人事課長ら上司宛に提出した。

(2)  右報告に接した入江人事課長は、原告の経歴詐称が、その中国抑留期間の約八年間の長きにわたる重大なものであることから、懲戒解雇を相当と判断したが、同製作所労働組合の書記長金田春夫から、原告の雇用期間は昭和三七年三月三一日までであるからその終期到来をまつて退職させるよう進言があつたので、総務部長加藤勝馬らとも相談したうえ、原告の将来を考慮して懲戒解雇にすることを見合わせ、原告の雇用契約の終了時期である昭和三七年三月三一日の到来を待つて自発的に退職させる方針をとることとした。

(3)  そして右契約終了時期を控えた昭和三七年三月頃、入江人事課長は数回原告と面談して転職を考慮するよう説得し、なお原告を関東電気工事株式会社に斡旋する旨話したが、結局原告がこれを断り、あくまで被告会社に引続き勤務したい旨の意向を明らかにしたので、会社側としては、これ以上自発的な退職を勧告することを中止した。その後原告は、前記同年五月二三日に実施された臨時工本採用試験を受験したが、前記のとおり成績不良の理由で解雇された(但し、この事実は当事者間に争いがない)。

以上の事実を認めることができる。

(二)  ところで原告は、その懐く信条のために又は中共帰りであることの故をもつて解雇されたと主張するのであるが、原告の宇都宮製作所における全雇用期間を通じ、例えば、臨時工グループを結集して臨時工の地位待遇の改善をはかるために会社の方針を批判したとか、或は労働組合をつき上げるなど、原告がいわゆる中共帰りの尖鋭分子であると被告会社側に注意を喚起するような行動に出たという如き事実は、これを立証する証拠が皆無であるし、更に会社側が原告の中国帰還者であることを知るに至つたのは、前述の如く偶然の契機に因るものであることも明らかであるから、前記のように被告会社が経歴詐称をきつかけに原告に退職を迫つた事実は認められても、こうした事実だけでは、未だもつて原告の前記主張事実を裏付けるには不十分であると判断せざるをえない。

第二、本件解雇は経歴詐称を理由とするものか。

(一)  成立に争いのない乙第一五号証、証人小原利夫、同加藤勝馬、同金田春夫の各証言により真正に成立したものと認める乙第六号証、第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、証人加藤勝馬の証言により真正に成立したものと認める乙第七号証と、証人入江英一、同加藤勝馬、同小原利夫、同金田春夫の各証言、並びに原告本人尋問の結果を総合すると、

(1)  経歴詐称を発見した会社側は、組合書記長金田春夫の申入れにより懲戒解雇の線を見送つたが、経歴詐称そのものを不問に付したわけではなく、当時の会社側の意向としては転職斡旋という形で原告の雇用期間の終期到来をまつて原告を任意退職させる方針であつたこと、

(2)  経歴詐称を会社側が確認したあと、宇都宮製作所では昭和三六年一一月及び昭和三七年五月二三日の二回に亘り臨時工本採用試験が実施され、原告は右各試験に受験しているが、これは被告会社と宇都宮製作所労働組合との間に締結されている労働協約の定めるところに従い、労使協議会で協議決定された試験要綱基準所定の受験資格に原告が該当していたことによるもので、従つて原告が右試験に受験したことから直ちに原告を退職させるという会社側の前記方針に変更があつたとは速断できないこと、

(3)  前記昭和三六年一一月及び昭和三七年五月二三日に実施された本採用試験の原告成績はいずれも不良で、原告の順位は、前者については一〇一名中九五番、後者については一一八名中一一六番であり、殊に試験(学科職場考課、面接)のうち、原告の面接試験の得点は前者については四〇点満点のところ一六点、後者については四〇点満点のところ一二・三点で受験者中最低点であつたこと、

(4)  右面接試験委員には既に原告の経歴詐称を了知している人事課長、総務部長、組合書記長などがメンバーとして参加していること、

以上の事実が認められる。

(二)  ところで、右のように試験委員の中に原告の経歴詐称の事実を知つている者が加わつていたということは、右試験が原告の実力を正当に評価しかつ試験成績も忠実に記録されたものかどうかについて、疑義を惹起する一資料となり、引いては、原告を受験させたのは全くの形式にとどまつただけのことで、試験成績劣悪ということは口実にすぎず、真実は経歴詐称の一事によつて解雇したのではないかという疑惑を抱かせないでもない。

(三)  しかしながら、面接試験の目的とされるいわゆる人物評価は評価者が面接対象者について下す全人格的判断であり、その判断過程において経歴詐称の事実が原告に不利益に作用したとしても、これまた一つの評価態度として是認さるべきものであろうし、他面、証人加藤勝馬、同入江英一の各証言によると、会社では原告の自発的退職に待つという方針を捨てなかつたとはいうものの、原告の試験成績が優良の場合には右方針の変更を考慮していた事実が認められ、また学科試験は経歴詐称と関係のない係員によつて、模範答案に基いて機械的に採点されたものであるが、原告は学科試験の成績も香しくなく、更に本採用試験の結果原告と同様に解雇された者は、いずれも成績不良者で、長期欠勤者・身体虚弱者など一見して不適格者と判定できる類の者は含まれていない(これらの者は試験による選別をまつことなく退職している)事実も認められる。

而して以上認定した事実からは、被告会社が原告を他の受験者と同一の試験手続に参加させ、各試験課目について相当の方法で成績評価を行つたという基本的事実そのものは、依然動かないところといわねばならず、他に右試験について原告に対し特に手心を加えた事実を認めるべき証拠は存しないから、この点に関する原告の主張はあくまで疑惑たるにとどまるものというべく、従つて本件解雇が経歴詐称によるものであることを前提とするその余の争点の判断に及ぶまでもなく、原告の主張は失当として排斥を免れない。

第三、労働組合法第一七条の適用について

(一)  宇都宮製作所における臨時工の実態

成立に争いのない乙第四、第五、第一五号証、証人加藤勝馬、同小原利夫の各証言により真正に成立したと認める乙第六号証、同加藤勝馬の証言により真正に成立したと認める乙第一〇号証と、証人加藤勝馬、同金田春夫、同入江英一、同加藤正義、同寺崎正の各証言、並びに原告本人尋問の結果を総合すると、

(1)  宇都宮製作所は、車両工場及び航空機工場をもち、前者は日本国有鉄道発注の鉄道車両の製作を中心に、なお一般会社及び諸外国から受注した鉄道車両の製作を担当し、後者の航空機工場は専ら防衛庁発注にかかる作業を担当しているが、このように同製作所の業態が専ら外部からの受注生産に応じる体制をとつているところから、受注量の多少・納期等との関係に対応して必要労働力の量を調節する必要があり、この要請を充すため本工のほか臨時工を雇用し、そして本工と臨時工の人員構成比率には時に変動があつても、臨時工を使用することが同製作所の常態となつている。

(2)  被告会社では、従来その各事業所で取扱を異にしていた臨時工の労働条件等を統一するため、労働協約に基き富士重工業労働組合連合会との間に昭和三三年二月一日付で締結した「臨時従業員等の労働条件等に関する協定」があり、その協定において、臨時工の雇用期間は原則として最大限一年半を超ええないことに取極め、一方労働協約中には、臨時工の人事(採用解雇等)の基準は予め労使協議会で協議決定し、その実施に際してはその都度組合に通知すべき旨の定めがあり、その運用の実際としては、いわゆる臨時工の本工採用試験を行うことが原則的な慣例になつており、宇都宮製作所では昭和三三年以降昭和三七年五月二三日までの間に毎年一回の割合で合計五回延七四六名の臨時工を対象に本採用試験を実施し、選考の結果、うち四〇一名を本採用して本工に転換し、一七七名を解雇、爾余の一六三名は本採用とはならなかつたが契約を更新し引続き一定期間臨時工として雇用を継続する取扱いをした実績がある。

(3)  昭和三七年五月二三日に実施された臨時工本工採用試験の要綱決定の経緯等をみると、被告会社では、昭和三六年以降車両製造部門における事業活動が全般的に活況を呈するに至つた時期にアルゼンチン向け輸出車両の発注を受け、こうした受注量増加の事態に伴い相当数の臨時工を宇都宮製作所車両工場に新規に増員配置したのであるが、これは一面同車両工場における臨時工を或る範囲で本工に転換する余地をつくると共に、他面臨時工と本工の人員構成上の比率を是正(本工六〇パーセントに対し臨時工四〇パーセントという当時の比率を七五対二五程度にする。)する必要を生じ、かかる新事態に対処するため、同製作所労使協議会においては昭和三七年二月末頃から本採用人員・本採用後の配置・本採用試験選考基準・本採用とならなかつた者の措置等につき協議を重ねた結果、同年三月末に至つて「昭和三七年度臨時工本採用要綱」の決定をみた。右要綱は、本採用人員は七〇名とし、これをすべて車両工場に配置する、受験資格者は昭和三六年六月以前に採用された車両・航空機両工場の臨時工合計一二二名とする、なお本採用の選考に漏れた者のうち、引続き雇用することが思わしくないと認められる者は解雇し、その他の者は昭和三八年三月三一日まで臨時工のまま雇用する取扱いとする、等の基準を設定している。

而して原告の雇用期間は昭和三七年三月末限りで満一年半に達するが、原告は右本採用試験の受験資格を充たしていた関係で、右試験の選考結果が確定するまでの間継続雇用する取扱いをすることになつた。

(4)  なお、原告ら臨時工は本工と共に同一職場で各種作業に参加し、その作業内容ないし態様には本工との間に別段差異は存在せず、かつ作業の指揮命令も本工と同一の系統によつている。

以上の事実を認めることができ、これによると宇都宮製作所における臨時工制度は、賃金コスト引下げの狙いもあることは否めないにしても、専ら受注生産を行う同製作所の業態に対応し、これに対処して企業の存立を維持するために採用された雇用対策であると認められ、こうした企業の弾力性保持の切実な要請から採用された臨時工制度は、単に臨時工という雇用形式に名をかり、労働者保護とくに解雇保護法規の適用を潜脱する脱法的な意図をもつて採用された雇用形式とは評し難く、かかる対策は今日の経済体制を前提とする限り或る程度止むをえない雇用量調節の手段として是認さるべきものと思料される。

(二)  被告会社が、原告解雇当時、本工その他の正規従業員で組織する宇都宮製作所労働組合との間に労働協約を締結していた事実は当事者間に争いがない。

そこで、原告が労働組合法第一七条により右協約の拡張適用をうける労働者に該当するかどうかについて、同条が規定する要件を具体的に検討しながら考察することにする。

(1)  先ず、「常時使用される」労働者とは、当該工場事業場において常時的に必要とされる労務のために雇用されている労働者を意味するものと解すべきであるが、この点原告は、前認定のとおり宇都宮製作所車両工場における常態的な作業工程を構成する労務に従事するため雇用されていた者であるから、同製作所における「常時使用される」労働者に該当することは明らかである。

(2)  次に、「同種の」労働者の意味については、組合員労働者と同条の拡張適用をうくべき労働者とが、それぞれ担当する作業内容乃至態様において、その間に同一性・類似性が存在すれば「同種の」労働者に該当すると解する説も有力であるが、この説に従うと、前認定のとおり原告は組合員である本工と同一の作業内容を担当するものであるから、本工と同種の労働者ということができ、従つて組合員労働者(正規従業員)と同種の労働者であるとの結論に達することになろう。しかしながら、「同種の」労働者といいうるためには、右の所説が説くとおり作業内容の同一性・類似性を要件に加えるべきことは勿論であるが、この点のみを同種性判別の決定的基準と解することは相当ではないと考える。

すなわち、労働組合法第一七条の立法趣旨は、協約当事者たる労働組合及びその組合員の団結権の保護にあり、同条適用の結果、協約外少数労働者の労働条件を協約所定の規準にまで引上げ、これら少数労働者の保護に作用することがあつても、これは同条適用の副次的所産というにとどまるものと解すべきである。

同条の立法趣旨を右のように理解する以上、本件臨時工と本工(組合員)との同種性を決定するについても、協約当事者である組合が臨時工に対しいかなる組織上の関係を設定し維持せんとしているか、或は組合の獲得した協約の適用範囲を臨時工についてまで予定しているかなどの諸事情を考慮すべきであり、もし組合が臨時工に対し組合加入資格を認めずにこれを組織範囲から排除し、更には臨時工を協約の適用対象から除外しているような場合には、その担当する作業内容の同種性・類似性にも拘わらず、臨時工は本工(組合員)と「同種の」労働者とは解しえないものといわねばならない。

勿論、右のような組合の組織上の立場については、大いに批判さるべき余地はあるであろう。しかしながらかかる組合の組織形態及び適用範囲が限定された協約が存在する工場事業場においては、本工(組合員)と臨時工とは主観的には「同種の」労働者とは考えられておらず、協約自体臨時工への適用を予想していないといわざるをえないし、更にはまた、前記被告会社の臨時工制度のごとき、当該工場事業場の業態に対応した切実な企業の弾力性の要請からうまれ、解雇を含めた労働条件等についても差別的待遇を前提として採用されている臨時工につき、これを本工と同種の労働者であるとして労働条件のすべてについて本工(組合員)と同一待遇を法律上当然に認めることには、大きな疑問をさしはさまざるをえないものである。

(3)  これを本件についてみるに、いづれも成立に争いのない乙第一五号証、同第五号証と証人金田春夫の証言を総合すると、宇都宮製作所労働組合は、原告ら臨時工(臨時従業員)を非組合員とし、かつ協約の適用範囲から臨時工を排除する(協約第五条第四号、第三条)と共に、臨時工の採用解雇の基準・労働条件その他臨時工の待遇に関する規準については、別に労働協約に基いて会社と組合間に締結されている「臨時従業員等の労働条件等に関する協定」の定めに従うものとされている事実を認めることができるから、原告は、本工との作業内容の同一性の要件を充たすに拘わらず、本工(組合員)と同種の労働者であるとは解しえないものである。従つて、原告にも協約の拡張適用あることを前提とする原告の主張は、爾余の点につき判断するまでもなく採用できない。

(三)  なお原告は、本件解雇が、臨時工の解雇については予めその基準を組合と協議すべき旨を定める協約第三六条の規定に違反する旨主張するのであるが、この点については前認定のとおり、被告会社は労使協議会の協議決定に基く所定の手続を経ているのであるから、理由がない。

第四、就業規則違反の主張について

(一)  原告解雇当時宇都宮製作所で効力を有していた就業規則が、原告主張のとおりの解雇事由を規定していることは当事者間に争いないので、先ず、原告が右就業規則の適用をうける従業員に該当するか否かについて判断する。

成立に争いのない乙第五号証及び乙第一六号証によると、この点に関する被告主張のとおり、就業規則は、期間を定め又は臨時に雇入れた者については別に定めるところにより、就業規則の適用を一部排除する旨定めており(就業規則第二条)、臨時工の採用解雇等については、別に前記「臨時従業員等の労働条件等に関する協定」が存在し、同協定Iの2(7)項は、臨時工の解雇については労働基準法の定めるところによると規定しており、右協定は就業規則第二条にいう「別に定めるところ」に相当するものと認められる。(なお、同協定は会社と組合との協議に基づく協定たる実質及び形式をもつことは明らかであるが、かかる成立手続上の性質は、これを就業規則の一部とみなすことを妨げるものではない。)

(二)  ところで、就業規則は、有機的に一体として活動すべき事業場を規律するルールであるから、原則として当該事業場に使用される全労働者につき一様に適用さるべきものであるが、労働条件の異なる労働者が共同して作業する場合、労働条件の差異に応じ合理的な範囲において差別的な地位を認めることは許されるものと解すべく、本件の場合、前記のように解雇の要件につき原告ら臨時工に対して正規従業員と異なる地位を設定しても、これを直ちに違法とは解し難い。(尤も本件においては、前記のとおり、臨時工に関する人事原則が協約中に規定されており、該規定に基き労使協議会で決定された協定による解雇基準に則つて解雇されたのであるから、労働基準法第九二条の趣旨からみて問題はない)。

右に述べた次第で、原告を解雇するについては就業規則第一四条の適用はなく、それ故同条項の適用を前提とする原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、失当として斥けられるべきものである。

第五、次に、更新拒絶権濫用の主張について判断する。

「昭和三七年度臨時工本採用要綱」決定の経緯及び同要綱内容の概略(その一条項として、本採用の選考から漏れた者のうち引続き雇用を継続することが思わしくないと認められる者は解雇する旨定められている)は、既に述べたとおりであるところ、右要綱の定める諸規準は宇都宮製作所における臨時工制度の存在理由に照らしその趣旨にそつた合理的な運営基準たる実質を有するものと考えられ、そして本採用試験の成績不良者を右解雇対象者に含めることも根拠のあることと思料されるから、前記のとおり原告が右要綱の定める基準に適合した手続に従い最終的な判定を受けたものである以上、本採用試験の総合得点順位で一一八名中一一六位でしかなかつた原告が、成績劣悪向上の見込みなしという理由で契約期間の更新を拒絶され、解雇されるに至つてもこれまた止むをえない結果といわざるをえず、これを目して更新拒絶権の濫用とみることは当らない。

第六、最後に、本件解雇は臨時工という社会的身分を理由とする差別待遇であるとの主張について判断する。

労働基準法第三条にいう社会的身分には、本工と臨時工との間にみられる雇用契約の内容の差異から設定される労働契約上の地位をも含むものではないから、原告の右主張は理由がない。

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石沢三千雄 橋本攻 久米喜三郎)

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